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2011年4月 9日 (土)

東北~千葉の被災者慰問を切望される天皇皇后両陛下の慈愛のオーラ

天皇皇后両陛下が、埼玉の加須に町ごと避難している双葉町民の慰問に訪問されたというニュースの中で伝えられたやりとりは、ジーンとこみ上げてくるものがありました。

以下 時事通信記事引用

両陛下、埼玉の避難所訪問=原発事故の双葉町民お見舞い

2011年4月8日(金)19時47分配信 

 東日本大震災で、天皇、皇后両陛下は8日午後、埼玉県加須市の旧騎西高校を訪れ、福島第1原発事故などの影響で福島県双葉町から集団避難した被災住民らを見舞われた。
 天皇陛下は、腰をかがめながら「お大事にね」「おけがの方は大丈夫ですか」などと声を掛け、皇后さまは子どもの背中を優しくなでたり、涙ぐむ女性の肩を抱いたりしながら「暖かにして休んでね」「頑張ってお勉強してくださいね」などといたわった。
 この日入学式を迎えたという朝田幸花ちゃん(6)は避難所でもらったというピンクのランドセルを皇后さまに披露。皇后さまは「かわいいランドセルですね」と目を細めていた。
 両陛下が今回の震災で避難所を訪問するのは、東京都足立区の東京武道館に次いで2カ所目。
 双葉町の住民約1200人は先月末、一時避難先だったさいたまスーパーアリーナ(さいたま市)から移動。別の場所に避難していた町民が合流し、町役場機能も旧高校に移し、全町民(約6900人)の約5分の1に当たる約1400人が避難生活を送っている。 

引用以上

Photo
※聖母のまなざしで子供たちの話を聞かれる皇后陛下

両陛下は、警備などでかえって負担になってはならないようにということを気にかけておられるようですが、千葉から東北にいたる今回の震災の被災地をできるかぎり慰問に回られたいとのことです。政治パフォーマンスで被災地視察をしかけて、原発事故悪化を誘発させた、どこぞの総理とはえらい違いで、陛下あっての日本国だと改めて思い知らされます。

自衛隊の最高司令官は、総理大臣ということになっていますが、ここ十数年の貧相な人格の歴代総理の有様を思うとどんなものかなと思います。有事に死地に赴く兵士の心情を慮ると、最高司令官は日本の中で一番滅私奉公に勤められている天皇陛下であるべきじゃないかと思います。

昔、天皇皇后両陛下の行幸に遭遇したことがありましが、車の窓ガラスを全開にされて、ひとりひとりに笑顔で答えながら、目の前を通られていかれたお二人の慈愛のオーラの大きさに圧倒されたことがあります。

煩悩にさいなまれ、宿業から逃れられないのが人間の常です。その同じ人間である天皇皇后両陛下が、あふれんばかりの慈愛の光を回りに放たれているお姿は、”人はここまで善なる光を放つことができるようになれるものなのか?見ず知らずの人間に惜しみなく愛の光を与えられるものなのか?”と心底驚きました。
同時に、”お二人それぞれに、そこにいたる過去の魂の苦悩の変遷があったのだ”ということを想い至るにつれ、克己心を極限までたかめられ、今日にたどり着いたお二人の魂の崇高さに深い感動を覚えずにはいられませんでした。

(どこぞのいんちき新興宗教教団の教祖とはえらい違いです。)

正直いいまして、若いころは、天皇という存在が前時代の遺物で、非合理なものという感覚がありましたが、直接お二人に接することで、天皇という存在は合理か非合理という低レベルの位相を超えた存在なんだということが体得できた気がしました。
人としての道を究められ、日本国民にとって”人としてかくありたい”という生き方のバイブルが天皇という存在なのかもしれません。
この世に生まれ、いつか死んでいくのが人間です。お二人に及ばないまでも、煩悩のひとつやふたつ超克して、すこしでも美しく善なる存在として、寿命を全うしたいものだと思います。

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