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2011年5月23日 (月)

世間知らずの検察エリートの妄想作文(捏造調書)が証拠採用される日本の裁判って大丈夫か?

テレビの”スクープ”という番組で、冤罪事件の特集をやっていましたが、マスコミと検察が結託すれば簡単に有罪が作れる日本の裁判の恐ろしさを改めて知らされました。

裁判というものは客観的事実に基づいて審理されるものと信じてきましたが、実際のところは、都合が悪い証拠は廃棄隠蔽されてもお咎めなしなんですね。そうした検察の事前の情報操作ともいえる、恣意的に取捨選択された証拠・証言・調書を前提にして行われる”できレース”の日本の裁判のどこが公正中立なのか大いに疑問を感じました。

世論誘導というものは、虚偽の報道というよりも、マスコミの恣意的な報道内容の取捨選択による印象誘導で形成されますが、公正中立と思っていた裁判も、検察の証拠開示の是非を決める支配力によって、検察のストーリーにそった方向性が作られてきた様子がよくわかりました。「検察起訴有罪率99%」といわれる「日本の検察最強!」に帰結する日本の裁判の特殊な裏事情がよくわかり、ゲンナリした気分にさせられたしだいです。

いままで、検察というと、難関の司法試験に合格できた優秀な人たちという印象を持ってみてきましたが、一昨年あたりから露呈してきた「冤罪製造機関」ともいえる特捜検察の実態が明らかになるにつれ、そのイメージが大きく崩れました。
今では、検察といえば、「無実の人間を罪に陥れ、その人の人生をめちゃくちゃにしたとしても、罪悪感などみじんも感ぜず、”有罪獲得ゲームの達人”になり、”エリート面”しながら優越感に自己陶酔する」いかにもいかにもの集団のイメージです。「密室空間で”人でなし”として培養された”気持ちの悪い”人たちの集団」という妖怪集団のイメージしか浮かんできません。

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かって同じ穴の狢であったろう 元東京地検特捜部の”堀田力”のような元検事が、さわやか財団理事長とかいって、テレビで善人面しているのを見るに着け、”チャンネル”を変えたくなるほどに生理的嫌悪感を感じるようになっています。

そんな「気持ちの悪い世界の住人である」検察官に、客観的証拠が一次的に独占され、被告の生殺与奪が握られている「日本の裁判」というものは、ある意味、”きも悪エリート”による”日本の暗黒支配”につながっているのじゃないかと心底恐ろしくなりました。
検察の独占的な情報誘導を排除するためにも、証拠を管理する第三者機関創設も考えてもらいたいところです。


裁判に採用される証拠は、検察に有利なものだけで、有罪獲得に不利になる証拠は、隠蔽されたり、廃棄されたり、捏造されたりというのがあたりまえで、無実だとしても、冤罪から逃れる術はほとんどないかと思います。99%の有罪率というのは、日本の裁判が、検察主導の”できレース”である証左だと思います。しかし、反面では、検察の”現場力”のなさからくる”検察採用証拠”が、逆に”自爆証拠”となって、検察のストーリー破綻に帰結するケースも多いようで、あきらかになった冤罪事件を検証すると、”社会経験が希薄”で”現場力が著しく低い”検察エリートの盲点が見えて面白かったです。

所詮エリート検事といっても、「記憶力の高さと理屈のこじつけ能力の高さで試験の成績がよかっただけの人間」で、一般社会の基準で言えば”世間知らずのアフォ”にすぎない面も多く、松川事件のスパナの件など、有利な証拠として判断して提出したものが、逆に無罪の証拠になって墓穴を掘ることになったということが多々あったということです。

だいたい現場感覚のある人なら、家庭用のスパナで鉄道レール固定のボルトをはずせるわけがないということは自明の理なんですが、法文を暗記するのと、妄想ストーリーのつじつまあわせで人生を送ってきたような、世間常識的には”へんな人”が多いエリート検事には、世間常識もなく、へんな証拠をでっちあげて墓穴を掘ったりするみたいですね。

※参考画像 鉄道保線作業に使われていた特殊スパナと証拠として提出されたスパナの比較写真(さすが文系法学部・・・テコの原理を見事に忘れてしまってたんでしょうw)
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他の事件では、被告の無罪を立証する証拠の隠蔽を追及されて、「押収書類は洪水に流されて消失した」とか中学生の悪がきみたいな言い訳で逃れようとする”エリート検察”もいたようですが、”エリート検察”といっても、「精神的には”中学生並みの小児性”を払拭できないでいる=所詮試験の成績がよかっただけの低レベルの人間でしかない」実態を浮かび上がらせていて、つくづく”はずかしい連中”だと思いました。

そうした精神的に大人になりきれてない連中が、エリート意識を増長させて、世間知らずの妄想ストーリーにしたがって、事件を捏造し、それに当てはめるように、証拠とか、証言=調書を組み立てて、無実の人間を有罪にしておいて、自分たちだけで正義の味方のつもりで舞い上がってるわけですから・・・はっきりいって、”ほとんどビョーキ”の世界だと思います。

又その”ほとんどビョーキ”の検察が、妄想ストーリーにそって恣意的に取捨選択して提出された証拠を、極度に重用した日本の裁判って、本当に大丈夫なのかと思いますね。

司法官僚に限らず、わが国のエリート官僚といわれる人の多くは、東京大学法学部卒という学歴でもって、その優秀さを担保されているようですが、豊富な法律知識と、理屈のつじつまあわせの小理屈能力の高さと引き換えに、社会経験が未熟で”常識的感覚”を喪失したような連中が、本当に優秀な判断をできるのか?というと大いに疑問です。

そもそも客観的事実に基づいていると思われている裁判ですが、実のところは、あくまでも客観的事実に基づいているように見える形を守っているだけで、本当の客観的事実であっても、検察のストーリーにあわないものは隠蔽された上で存在しています。
その意味で言えば、証拠主義に基づくという裁判というのはお題目に過ぎず、ある意味、片手落ちの証拠審査による単なる儀式に過ぎなくなっている側面は否定できないと思います。多額の税金を使ってそんな形式をとりつくろう”裁判ごっこ”はいらんでしょう。恣意的な情報誘導に流されかねない現在の検察主導の証拠採用のあり方を真剣に見直すべきだと思います。

同じ冤罪でも、封建君主がいて、その意のままに裁かれ有罪にされるのと、実態は検察の意のままに裁かれていながら、形式的に公正中立な客観的証拠に基づいて裁かれているような形作りをされて有罪にされるのを比較したら、封建君主に裁かれ有罪にされたほうがよっぽど諦めがつきます。

建前を守るために、都合の悪い証拠は隠蔽したり、廃棄したり、捏造したり、無理無理調書をつくって証拠として提出する無駄に多額の税金を浪費するのなら、いっそのこと、「客観的事実で、無罪かもしれない証拠もあるが、東大法学部卒のエリートの検察官が有罪というんだから、東大法学部卒のエリートの裁判官の私としてもそれを支持したい!」というめちゃくちゃな本音を出せばいいじゃないですか!

検察のストーリーの追認が決まっている裁判なのに、手間隙かけて、形式を整えて、証拠主義にもとづく民主的裁判ごっこの儀式の茶番をすることほど無駄なことはありません。いっそのこと、「文句があるなら東京大学法学部に合格してみろ!エリートの俺たちが有罪と判断したら有罪なんだ!」という本音をむき出しにしてくれたほうがすっきりします。

おそらく、自分で冤罪に加担した責任を負う気概もなく、あくまでもシステムに依存する連中でしょうから、「とんでもない!わたしたちは客観的証拠に基づき、公正な裁判をむにゃむにゃ・・・」といって矢面に立つことから逃れようとするでしょう。

だったら、検察に不利な証拠でも、すべての証拠を公判で開示してみろよ!という話だと思いますね。

改めて訴えます!多額の税金をはらって、形の上の公正裁判ごっこはいりません!

ストーリーありきの作られた検察調書を重用するような日本の裁判の証拠採用のあり方を根本的に見直して、自発証言に基づく裁判をするべきだと思います。

結果として、疑わしきは罰せずの境界で迷わせる証拠が多くなったとしても、「一部判断を迷わせる客観事実もありましたが、これこれに基づく私の判断で、有罪と判断することにしました。」と、裁判官の責任を明確にして判決を下す裁判のあり方に進むべきだと思います。
疑わしい証拠と知りながら、あらかじめ検察が取捨選択した証拠のみ採用して判決をだすというのは、根本的な裁判官の責任は問われないやり方かもしれません(検察の調書が捏造とは想定できなかったと言い逃れできる)。しかし、一方で、真実の隠蔽を黙認しながら、自己責任を回避する卑怯なやり方でもあると思います。

"検察起訴の99%が有罪"という異常な日本の裁判のあり方をかえるのは、日本の裁判官の、”判決に責任を持とう”という気概にかかっていると思います。

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