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2012年2月28日 (火)

山崎行太郎氏が言い当てていたネオコン保守の本質

コイズミ日本解体を推進した連中とか、韓国カルト統一原理のにおいがする”チョーセンウヨ”の連中の橋下新党との連携のニュースがはいってきています。日本人の感性を持ち合わせていない人間が日本で右に走ると、人道に立脚した本来の保守ではなく、 左の反転コピーにすぎないネオコンとか、街宣右翼みたいな”チョーセンウヨ”に行き着くのを不思議な気持ちで眺めている今日この頃です。

人間としての当たり前の思いやり、当たり前の義侠心とか、生活慣習・社会常識を大切にするというのが本来の保守=人道主義だと思いますが、あのひとたちは違うんですよね。ある目標をかかげ、その目標達成のために合理性・効率性を最重視し、平気で人道を踏みにじる・・・。”美しい日本”という目標のために、薄汚い手口を平気で使い、日本をどんどん汚し貶めていく・・・。はっきり言ってあんたらアフォでしょ!といいたくなりますが、まさに”労働者のためといいながら労働者の抑圧に帰結した”左のレーニン主義・スターリン主義の反転コピーそのものです。

ブログ村にもエントリーされている山崎行太郎さんが、記事の中で、彼らの本質を見事に言い当てていましたので引用させていただきます。

以下引用

山崎行太郎政治ブログ”毒蛇山荘日記”
「最高裁事務総局」が自作自演したイカサマ「クジ引きソフト」の実体・・・・

Koutarou__yamazaki_2
"「ノブレス・オブリージュ」なる思想を主張し、大衆を「愚衆」と見做す傾向である。転向保守・西部邁等が持ち込んだ、一部のエリートが民衆・大衆を指導するという、一種のレーニン主義、いわゆる「外部注入論」である。僕は、ここに保守思想の退廃の起源があり、保守の劣化、保守政治の劣化はここから始まったと見ている。大衆、民衆、生活者・・・を「上から目線」で、見下し始めたとき、日本の保守思想は終わったのである。僕の尊敬する保守思想家、小林秀雄にも江藤淳にも「愚衆論」はない。大衆、民衆、生活者・・・を批判し罵倒したことなど一度もなく、むしろ大衆、民衆、生活者・・・への限りないく優しいまなざしと畏怖感覚がある。小林秀雄や江藤淳が批判したのは知識人、文化人、ジャーナリスト、学者・・・の自己欺瞞性であって、大衆、民衆、生活者・・・ではない。ハシモト・ブームも、大衆や民衆を「上から目線」で指導しようなどと錯覚し始めた時点で、つまり坂本竜馬なる「歴史通俗読み物」のヒーローを持ち出してきて、漫画的・劇画的な「船中八策」なるものを発表した時点で、実質的に終わったと言うべきである。日本の大衆、民衆、生活者・・・は、つまり日本国民は、ハシモトや石原慎太郎や西部邁ほど馬鹿ではないということだ。"

引用以上

日本でもっとも保守を究めているのは誰かというと・・・天皇皇后両陛下に他ならないと思います。後光が差すほどに人の道を究められたお二方のお姿には、こころを洗われます。陛下の大御心を思い浮かべながら政界に目を落とすと・・・何がほんもので何が偽者か・・・面白いくらいにはっきり見えてきます。

PS

この山崎行太郎さんのブログでよく登場する江藤淳さんですが、その江藤さんの奥様のご実家が名古屋の桜山というところの閑静な住宅地にありまして、そのご実家に祖母が”お手伝い”として仕えておりました。子供ながらに”穏やかながらも凛として気品ある空気”を感じた記憶があります。

”日の丸”が安売りされている今日この頃ですが、ある意味での美意識のない人間には、”日の丸”は似合わないと思いますね。

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