”維新”は信用できないが、「自・民・公を落選させる」その一点で利用する
次の選挙ではいきなり大勢力になりそうな橋下大阪市長の”維新”ですが、周りにうろついている連中が胡散臭いですね。
「コイズミ改革詐欺新興利権」全盛時代のオリックスをはじめとした「金ころがし欲豚」とか、「韓国カルト統一原理」とつながる渡来人系のネオリベとか、”日本人ばなれ”した「B」とか「K」の血を持つ連中特有の”かぐわしい臭い”が鼻について、まともに信用する気はありません。
維新の政治塾に結集してくる人間も、祖国愛というよりも、功名心とか自我肥大とかの浅ましさのほうが鼻につくので、気がついたら自民党の清和会と連携して日本解体のコイズミネオリベ劇場第二弾だったというオチも大いにありえます。
ただ、前回総選挙で示された民意を踏みにじり、「行革なき消費税増税優先」で談合した自民・民主・公明の「民意裏切りの罪」には、落選というきついお灸をすえてやらないと、選挙で示された民意を足蹴にしても許されるという悪しき前例になりますので、いんちき集団ということを認識した上で、あえて自民・民主・公明候補「落選」の「お灸」として利用させてもらうつもりです。逆に言えばそれほど自民・民主・公明の裏切りは許せないということです。
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いかがわしい連中が維新に結集
あのコイズミ改革詐欺=郵政解散選挙のときは、「郵政を解体すれば官僚の無駄使いの財源をなくせて、行政改革が進み、すべてがばら色になる」というような、催眠術のような「キャッチフレーズ政治」に多くの国民がのせられました。
気がついたら解体されたのは「日本」と「国民の生活」だけで、解体すべき霞ヶ関官僚の既得権益は、独立行政法人・NPO法人などの「なんちゃって民営化」のベールの下でしっかり温存され、失われた10年が20年に延長してしまったわけですが、「首相公選制・道州制で統治機構を変えればすべてがばら色」みたいな議論も、コイズミキャッチフレーズ政治の二番煎じでとても鵜呑みにはできません。
いくら統治機構を変えたとしても、実際にその中で行われるのが建前のつじつまあわせの無駄なお役所仕事ならば、意味がありません。形骸化したお役所仕事の無駄を見直す地道な積み重ねをしてこなかったのに、統治機構が変わればいきなり無駄な仕事を整理して実用的な動きができるというのは、インチキ手品みたいな話です。
国でも地方でも、硬直的な法律条文とのつじつまあわせとか、倉庫の肥やしになるだけの形骸化した書類管理とかという無駄な仕事に多大な労力を割かれているのは同じでしょう。
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こうした多額の税金を使って日々無駄を再生産している実態を変えるには、国から地方に権限委譲したら解決するという問題でなく、仕事の中身そのものを改善していく日々の積み重ねを重ねていくしかないです。
その意味で、入れ物である「行政機構」の改編をすればすべて問題解決できるという「魔法の言葉」の空々しさには、コイズミ郵政劇場のキャッチコピー政治が思い出されて、うんざりさせられます。
わかりやすい例が待機児童とか待機老人の問題だと思いますが、保育施設・老人施設の全国一律の設備基準を緩和して、空屋を有効利用する応急処置的な施設確保をするとか、介護要員・保育要員の資格基準を緩和して、近所の人間が半ボランティア的に参加できる体制を作るとか・・・建前・体面よりも当たり前の感覚を重視するというのは、統治機構がどうこうという以前の常識的な知恵のレベルの問題だと思います。
限られた予算の中で待機老人・待機児童をなくすには、予算の範囲でできる受け入れ態勢を作ればいいわけで、とりあえず雨露をしのぐことからはじめて、財政的な裏づけに応じて徐々にクオリティを上げればいいだけの話でしょう。
それなのに、頭が堅いというか、頭が悪いというか、「基準のクオリティが確保できないから補助できない」といって大量の介護難民を生じさせているような行政というのは、品質基準に合致したウオッシュレット付の水洗便所を10人分しか造らないで、1000人に野グソ状態を強いるようなものでアフォの極みだと思います。
とりあえず汲み取り便所でいいから、最悪穴だけでもいいから、人数分に対応したトイレを用意しろよ!という話です。
参考記事
長野県栄村が示す65歳以上が4割になる50年後の日本の行政のあり方
http://yokotakanko.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/65-0d5a.html
行政組織の中でのさばっている「法文の重箱の隅とのつじつまあわせまで確実にこなせることを優秀な行政マンと勘違いして、形骸化した法解釈にしばられず現実的に柔軟に運用する知恵のない」連中を変えない限り、いくら国から道州制に統治機構を変えても、無意味な行政の無駄はなくならないと思いますね。
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いつも国会答弁を聞いて手思うんですが、政治家の答弁の作文を公務員が業務として行っていること自体どうなんでしょうね。
問題がおこらないように玉虫色の官僚答弁の台本をつ
くって、何の意味があるんでしょうか。
国でも地方でも、政治家の答弁は政治家が自分で考えればいいんじゃないでしょうか?
誰でも言い間違いがあるのは当たり前です。失言しても訂正すればいいだけの話ですから、税金で高い給料を払って役人に政治家の答弁の作文をするというアフォなことはやめにしてもらいたいです。そんなアフォな仕事をするひまがあったら、もっと公益につながる仕事をしろといいたいですね。
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