« 2012年9月 | トップページ | 2012年11月 »

2012年10月22日 (月)

橋下市長夜回り先生に噛み付く!韓国系の三大気質を訂正し「我田引水」を加えます

前回の記事で韓国系の人間に多い三大気質として「息をするようにうそをつける」「逆切れして火病を発症する」「性欲絶倫」と書いてしまいましたが、間違いでした。

正しくは「息をするようにうそをつける」「逆切れして火病を発症する」「何事においても我田引水」でした。

「性欲絶倫」というのは、韓国カルト「統一原理」「摂理」とか教祖が韓国系の「オウム真理教」のように、いい年こいた教祖が自分の欲望をみたすために、あやしいSEX教義を創っていたケースが重なっていたので、勘違いしてしまっていました。

「我田引水」という一番代表的な気質を忘れてはいけませんでした。(爆)

Photo

我田引水といえば、「夜回り先生」水谷修氏にいきなり噛み付いて、連続ツイートしている橋下大阪市長の一人相撲の空すべりツイートなんか・・・そのものだと思いました。

維新の会の松浪議員が維新の会のポスターに、水谷修氏の写真を使ったことに、自身のブログで異論を唱えた水谷氏が、その文中でぽろっと「維新の会は子供たちの現実をわかっていない」とこぼしたことに燃え上がって橋下市長がツイートしてるわけですが、完全にから滑りしていると思いましたね。

「夜回り先生」水谷修氏のブログとそれに一人で燃え上がってるツイートを読み比べればめば、「我田引水」の議論とはどうゆうものかよくわかると思います。

夜回り先生ブログ

http://www.mizutaniosamu.com/blog/010diary01/post_17.html

制度の隙間から零れ落ちた子供たちの問題に取り組むには、子供たちの生活現場に立って生身の人間の心で向き合う中で、問題解決の糸口を積み重ねていくしかないという「現場感覚」の水谷修氏からしたら、「教育にクーポン制を導入して、競争原理を働かせて、学校・教師の切磋琢磨を後押しする制度導入が必要」という「維新の会」の制度至上主義的な発想こそ、今日疲弊している教育現場を生んだ霞ヶ関の机上の論理整合性が作り上げてきた教育体制と同じ土俵のものだ!と感じるでしょう。その意味で、維新の会に否定的な感想をもつのは当然のことだと思います。

そうした机上での合理的制度設計の限界を嫌というほど体感している水谷修氏の本質的な問題提起に向き合うことなく、一方的に理屈相撲をしかけられ、「制度論を感情論で否定するのはナンセンスだ」、「感情論で人を否定するなら人格攻撃だ」、と相手が知らないところで連続ツイートして、「どうだ俺は間違ってないだろう!」と勝ち誇られても、自分の立場を守るためだけの「我田引水の一人理屈相撲なんじゃないの?」というオチで終わるだけだと思いますね。

日本の官僚は優秀で、机上の論理整合性における合理的な制度設計においては、卓越した力をもっていると思います。民主党の松下政経塾出身のお子様ネオコンの連中が、いとも簡単に霞ヶ関にひれ伏したのも、同じ「机上の論理整合性における合理的な制度設計」の土俵に立っていたからだと思います。
同じ「机上の論理整合性における合理的な制度設計」の土俵で、維新の会が「教育にクーポン制を導入して、競争原理を働かせる」新しい制度を導入したとしても、制度ではカバーできない、むしろマネー原理によりさいなまれる危険性すらある「こころ」の問題は永遠に捉えきれないというのは事実だと思います。

21世紀の問題解決のかぎは、合理性(理屈)をこえた感性の領域にあるような気がするのですが、その領域を否定することから始まっているような「橋下ツイート」をみるにつけ、大阪維新の会というのは、思想的には20世紀レベルなのかもしれないと思う今日この頃ですね。

にほんブログ村 日本経済 にほんブログ村 政治・社会問題 にほんブログ村 環境ブログ 風力発電・太陽光発電へ
にほんブログ村

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2012年10月20日 (土)

「朝鮮・同和」という出自が明かされることは「人権侵害」なのか

週刊朝日の連載記事で、「被差別部落」出身で「朝鮮系」の血が流れているということを公表された橋下大阪市長が、「人格攻撃」「人権侵害」と怒り会見を開き、「朝日新聞社」に対する取材拒否を宣言し、結果的にその連載企画は、連載中止が決められました。

Photo

抗議されてあわてて「連載中止」にするような問題のある記事なら、最初から掲載すべきでないと思いますが、なんか「人権擁護法」の「言葉狩り」の予行演習みたいですっきりしない事件だと思いました。

被差別部落として具体的な地名が出ていて、それが問題だという論調でしたが、被差別部落地区であることを明らかにすることが問題視されるということは、逆に被差別部落=全否定ということではないかと思ってしまうのですが、間違いなんでしょうか?

被差別部落出身だからどんなに優秀な人材でも就職できないとか、無実なのに犯人扱いされ冤罪被害にあうということは、あきらかに「差別」だと思いますし、断じて許されることではありません。
しかし、たまたまその土地で生まれ、ヤサグれた環境で育ったという事実は事実として受け入れるしかないわけで、どうしようもないことだと思います。逆に出身地が被差別部落であることを明かされて逆切れするのは、本音では「被差別部落出身者」を否定している逆の差別意識の現われではないかと思います。

もともと被差別部落というのは、江戸時代の身分制度の士農工商の最下層に位置づけられたエタ・ヒニンといわれた階層の人間を集めた場所で、カムイ伝で描かれたように忍者の養成所になっていた側面もありますが、皮加工・死体処理・首切りなど穢れが多いとされる職業についた人たちと、前科者として追放された人により構成されていたようです。
そうした場所だから、流れ者とか逃亡者が紛れ込みやすく、戦前戦後は朝鮮半島出身の不法入国者が日本人になりすます入籍拠点になりやすい地域だったようです。名古屋市内でも被差別部落エリアはありますが、なぜかハングルの店が多いといか、公明党のポスターが多いとか、区画整理で地名が変わっても、「ここがそうだったか」というのがわかる独特の空気かあります。そうした独特の環境で独特の気質が再生産されていたという経緯があると思います。
ですから、そこの地区出身ということは、そこに多い気質の人間だという先入観でみられるということになりますが、「だからどうした?」という問題じゃないでしょうか?
先入観というのはなんだってあるわけで、問題は、実際その本人がどうゆう人間かどうかということで見ればいいのではないかと思います。

仮にえげつなくライバルを落としいれ、がめつく貪欲に獲物をしゃぶりつくすという性格の人間が多いとしても、よくいえば「バイタリティがある」という評価ができるわけで、出自がどうかというのは、善悪の判断ではなく、結局のところ、性格の好き嫌いのレベルの先入観の問題じゃないかと思います。

わたしの個人的な好きか嫌いで言えば、「息をするようにうそをつける」「逆切れして火病を発症する」「やたら「生」で「中出し」したがる性欲暴走癖」に象徴されるえげつない気質というのは、生理的に吐き気がするタイプですが、その手合いの性格の人間が多い「韓国系」の人間だとわかっても、「韓国系」ということで全否定するわけでないわけですから、それはそれでいいんじゃないでしょうか?

「被差別部落」の出身だとしても、「実際はどんな人間なのか」ということで「好き」「嫌い」が分かれるわけで、まして「正しい」か「間違ってる」の判断材料になるわけでないわけですから、「目くじら」立てるのはどうかと思います。

生まれつき「イケメン」の人もいれば、生まれつき「ブサオ」の人もいます。不細工な人は不細工であることにコンプレックスをもっている可能性が大きいかもしれませんが、不細工は不細工なんだからしょうがないじゃないですか。
不細工といわれて人権侵害だあと目くじらたてるほうがおかしいんじゃないかという気がします。自分も「イケメン」ではありませんが、「不細工は不細工なり」に、誇らしい生き方をするしかないと思うわけです。

ところで、今回のことで、「息をするようにうそが連発できる」「すぐに逆上して暴走司会をする」読売テレビの辛坊次郎が、「許せない人権侵害」と怒っていて、今回のことで自身が寄稿している週刊朝日の連載を断るつもりだったといきまいていましたが、橋下氏と同じ出自の人間として許せないということなんでしょう。

しかし、小沢氏の「政治と金」のから騒ぎでは、単なる期ズレ記載の「記載ミス」を、重大な犯罪行為隠しであるかのように印象誘導していた自分はどうなんでしょうか?

「無実の人間を犯罪者扱いしてたたきまくった」行為については「人権侵害じゃないの?」という逆に突っ込みをいれたくなりましたね。

「小沢事務所にやみ献金した」という水谷建設の元社長の証言というのは、実のところは裏づけが皆無のガセネタで、本当のところは、検察が証拠開示を封印している「愛人に渡す金を会社から調達するには、やみ献金をするといって経理から金をせしめればいい」といっていたという同業者の証言メモのとおりだったんじゃないかと思います。

そうした事実を無視しながら、「小沢憎し」で「限りなく黒に近いグレー」と連呼して「小沢氏」を「貶めていた」辛坊次郎・・・・あんたの度重なるバッシングはどうなんだ!それこそ人権侵害なんじゃないのか!ということだと思います。

参考記事

息をするようにうそをつく辛坊次郎の動画を発見!

http://yokotakanko.cocolog-nifty.com/blog/2010/10/post-cd9b.html

橋下大阪市長については、今回のことがなくても、過去に弱みを握られやすいところがあるから、いろんな勢力のひも付きになりやすいというリスクを感じていましたが、被差別部落出身だからとか、朝鮮系の血がはいっているとかどうでもいいと思いますね。

ただ本人が、昔から「息するようにうそがつける」「逆切れ火病」「性欲絶倫」で見事に「韓国系の三大気質」もってると感じていたので、「なるほどね」と思った程度です。

参考過去記事

福沢諭吉の脱亜論のとおり、仁義が通じない韓国・・・略奪民族の血の宿命か

にほんブログ村 日本経済 にほんブログ村 政治・社会問題 にほんブログ村 環境ブログ 風力発電・太陽光発電へ
にほんブログ村

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2012年10月17日 (水)

米兵による”強姦”をあえて”性的な暴行”と表現を弱めるテレビ報道

沖縄で日本人女性が、通りすがりの米兵に拉致され強姦されるというニュースがありました。

どの放送局も”性的な暴行””わいせつな行為”というように、複数で押さえ込まれ強姦されたという卑劣な事実をあえてぼかすような表現で、ものすごく違和感がありました。

Photo

Photo_2

さすがCIAとかKCIAとか「海外情報機関ご用達」の「電通」に支配されているような日本のメディアは、ご主人様への配慮が違う!・・・とげんなりさせられました。

小沢氏の政治資金収支報告書で、記載ミスの期ずれ記載がクローズアップされた時には、あたかも裏献金隠しの虚偽記載であるかのような印象誘導で、「うその記載」「うその記載」と連発していたマスコミですが、今回の件ではあえて「強姦」と伝えないあたり・・・、誰の支配下にあるかよくわかるというものです。

小沢氏の控訴審でも、違法献金隠しのための期ずれ記載だったという指定弁護士側の主張のためのこじつけ状況証拠が軒並み却下され、無罪が濃厚になった事実も報じなかったマスコミですが、3年前のマスコミの「小沢氏の政治とカネ騒動」ってなんだったんでしょうね。

とくに実在しない現金受け渡し現場目撃証言スクープとか公共の電波を使って大々的に報じたTBSの朝ズバとか、なにもなかったかのような顔をしていますが、水谷建設元社長が会社の金を私的に流用した言い訳にやみ献金という口実を使った疑惑が浮上しているのに、その元社長のでたらめをそのまんま放送したTBSは本当に「うそつき村」だと思いますね。

参考記事
TBS捏造報道のダイジェスト画像さらします!
http://yokotakanko.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/post-2010.html


多くのひとはマスコミ報道をそのままうのみにしていると思いますが、特定の意図を持って、特定の印象を誘導する情報工作に組み込まれた存在であるということを、もっと認識すべきではないでしょうか。
期ずれ記載という同じ事柄でも、「記載ミス」と伝えるのと「うその記載」と伝えられるのでは世間に広がる印象は大きく変わってきます。
今回の「強姦」事件でも、日本のマスコミは「わいせつな行為をともなう暴行」とか「性的な暴行」というようにオブラートに包んだ物言いに終始しているのはどうしてなのか?という疑問を持つべきだと思いますね。
わが国の女性が、他国の軍隊の兵士により、安易に強姦の獲物とされてしまうという「許しがたい現実」の背後には、「深層部分では日本はいまだ占領されている」という事実があるのだと思います。

アフガニスタンのようにゲリラ戦で戦える国であれば、ソ連アメリカという軍事大国をもってしても、確実に撤退に追い込むことができるということが証明されました。仮に相手が中国だとしても、持久戦の前に撃退することは十分可能だと思います。

アメリカの傘の下の平和願望でなく、国土に根ざした戦闘で侵略者を撃退できるスイスのような国防体制を再構築でき、属米でもなく媚中でもなく「真の日本の独立」を実現できる政治勢力の台頭に期待したいですね。

にほんブログ村 日本経済 にほんブログ村 政治・社会問題 にほんブログ村 環境ブログ 風力発電・太陽光発電へ
にほんブログ村

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2012年10月16日 (火)

国内メーカー産業用太陽電池パネルの年度内入手が絶望的・・・金融系商社系新規事業者買占め始動

今月に大口のメガソーラー用地の割り当てが決まったのか、いきなり国内メーカーの産業用パネルの入手が困難になりました。早いメーカーでも4ヶ月待ち、遅いメーカーだと8ヶ月待ちの状況です。

昨日のテレビ東京系の番組でも7月から始まった固定価格買取制度に活気付く国内太陽光発電市場の特集をやっていましたが、「確実に儲けが取れる」ということで、ゴールドマンサックスなどユダ金とかの金融系とか商社系が軒並みメガソーラー事業に参入して、各地で新規発電所建設の準備が始まっているようですが、いきなりの年度内生産枠の完売・・・唖然とさせられました。

※参考画像

この岡山県の塩田跡地で250メガの太陽光発電所建設が始動

250

お金の臭いに敏感な人たちは・・・・すごい・・・・さすが・・・・。こちらの提案にも疑り深く、慎重に導入を検討している人たちを尻目に、やりたくても物がない状況を一瞬に作ってしまうあたり・・・・まさに生き馬の目を抜く業界の人たちは違います。

これまで、15年以上しこしこと国内メーカーの太陽光発電に関わってきましたが、肝心なときに、蚊帳の外に置かれ、産業用の分野では、愛着をもって応援してきた国内メーカーの製品が半年以上提供できなくなってしまったというのはつらいものがあります。

かといって今更海外製の製品を販売する気になれませんので、大盛況の事業用太陽光発電を尻目に、地味に一般ユーザー相手に営業を続けていくしかないと思う今日この頃です。

太陽光発電利用を考えている方は、早く決断したほうがいいかもしれませんね。住宅用も意外と早く買い占められる予感がします。まさにマネーの欲豚・・・恐るべしです。

金ころがし目的の新規参入組などは、目先の利益数字に惑わされ、海外メーカーのパネルに飛びついてドツボにはまってくれるのかとひそかに願っていましたが、まず最初に国内の優良メーカーのパネルを買い占めることからはじめるとは・・・・。

自分たちの直営の発電事業は、耐久性・実発電量が高い国内メーカーの製品で構成して、買占めでくそみたいな価格の海外製パネルもそこそこの値段で売れる市場を作った後で、輸入のくそパネルでぼろもうけの構図・・・・。本当に金のないところはつらいです・・・たまりません。

シャープなんかも底値買いを狙う外資がマスコミ記者にPR費をばら撒いてマイナスキャンペーン張ってるんじゃないかと思うときがありますが、案外事実かもしれないと思えるくらいすさまじいマネーの欲豚の太陽光発電市場に対する食いつき具合です。

にほんブログ村 日本経済 にほんブログ村 政治・社会問題 にほんブログ村 環境ブログ 風力発電・太陽光発電へ
にほんブログ村

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年10月14日 (日)

増税なき財政再建のヒントは公益金融資本主義=松下幸之助「収益分配国家論」

来年度から本格的な復興増税がはじまりますが、それを財源として確保された19兆円もの莫大な震災復興予算が、霞ヶ関のシロアリ官僚の予算取りの餌食にされていたというニュースはこの国の政府の病巣の深さを物語っていると思います。

被災地で事業再生に立ち上がった中小企業のグループへの資金協力は大幅にカットされる一方で、各省庁の予算権益拡大を自己目的化し、屁理屈をこねて復興財源を食い荒らす実態があきらかになるにつれ、この国の政治権力の中枢が完全にシロアリ官僚の巣窟になっていることを再認識させられ、愕然としてしまいました。

Photo

「無駄か有効かに関わらず」「予算を使うことが仕事をすることだという勘違い」の「役人気質」の根本的な欠陥を解消しない限り、いくら道州制にして、統治機構を変えたとしても、行動原理の中身はかわらないわけですから、シロアリの巣が地方のブロック単位に分散するということだけにしかなりません。

民間企業ならば、市場ニーズに合う製品を、ニーズに合う価格で提供しつづけるよう業績を追及して努力しなければ、退場を迫られるわけですから、業績が伴わなければ、低い給料に甘んじながらも、未来の業績向上にかけるしかないわけです。

ところが、行政機関の場合は、無駄な仕事でお茶を濁すばかりだとしても、給与待遇は右肩上がりで保証され、赤字を拡大させても、最後は増税で帳尻合わせすればいいだけなので、肝心の仕事の中身よりも、増税とか、予算枠を拡大させることにばかりにとらわれ、気がつくと、巨大なゴクツブシの再生産機関となってしまっていたという必然性の中にいます。

そのように日本国に巣食う巨大な寄生害虫の巣窟と化した霞ヶ関気質を一新するためには、従来の「予算を使うために税金を集める」ことだけだったあり方をかえ、行政・公的機関が収益事業を行う「国家資本主義」「公益資本主義」のあり方をとりいれることで、「社会に貢献することで収益を得て、その収益でさらに社会貢献をする」という新しいスタンスを持たせるようにするのも必要ではないかと思います。

20年以上前の松下幸之助氏が提唱した「収益分配国家」というのがあります。

簡単に言うと、政府が、無駄遣いを減らして浮かしたお金を運用すれば、収益を蓄積できるし、その収益だけで予算財源が確保できるようになれば、税金のない国が作れる・・・というシンプルなものです。

参考 松下幸之助・・・「収益分配国家のすすめ」

Photo

2

3

4

一見荒唐無稽な提案のように思えますが、見方を変えれば「公益資本主義」の発想で、行政機関を収益と公益を同時に追求するプレーヤーとして市場参加させることで、無駄遣いと借金と増税の拡大再生産の悪循環に陥っている、シロアリ官僚に蝕まれたわが日本国の政府のあり方にメスをいれようというものです。

松下幸之助氏の想いをひとことでいうと、「国家金融資本主義のすすめ」みたいなものじゃないでしょうか。

日本の大銀行の多くは、ほとんどゼロの預金金利に安住し、サラリーマン経営の事なかれ主義に犯され、本当に必要なリスクをとる産業投資ができずに、国債購入とか、外資の投資信託の下請けというしょうもない業務に終始し、日本経済のエンジンとなりえなくなっているのが現状です。

無数の失敗の上で、生まれるたった一つの成功が、莫大な富を生むというのが新技術開発投資ですが、そうした投資を判断する器量が、日本の銀行に圧倒的に欠如していることも、日本の技術者・研究者が苦境に立たされ続けている原因だと思います。

ならば、そんな能無し銀行の民業は政府が金融参入して圧迫してもいいという発想の転換も必要だと思います。

バブルの不良債権のツケを、公的資金の投入と、預金金利ゼロで国民に負わせながら、自分たちはトップクラスの高給を維持、それでいてつい最近まで税金をはらっていなかったのが大手銀行です。

彼らにリスク投資の度胸がないなら、先端技術研究開発に行政が投資をするかわりにパテント収益も得るという「民業圧迫」はどんどんすべきだと思います。

地方の優良中小企業への融資・投資についても、地方の金融機関のほうがよっぽど貢献していると思いますが、必要な融資・投資を着実に実行している地方の金融機関にまとめて資金供与をして、着実にリターンを得るというのも積極的に行使し、「ユダ金」の手下の能無し高給取りのメガバンクの「民業圧迫」はどんどんやるべきじゃないでしょうか。

その際の注意点ですが、「能力はあるが金がないところへ金を出す。だが口は出さない」という資金サポートに徹するということです。

そもそも「試験成績がよかっただけの屁理屈職人」ぞろいで「ビジネスセンスが皆無」の「霞ヶ関官僚」が、事業を策定して、事業を許認可して莫大な投資をしても、無駄遣いに終わるというのは証明済みなんですから、民間のJVプロジェクトを活用して、ビジネス面の判断を「丸投げ」する体制をつくるほうが妥当な投資判断ができるはずです。

こうした国家金融体制の整備により、日本に滞留している資金が有効な投資に振り向けられれば、国全体の富は拡大再生産されますし、パテント収益・金利収入などが行政の新しい財源となれば税・国債発行への依存率を減らすことができ、国内市場の景気循環もいいほうに転換することができます。

このように松下幸之助氏の「無税国家」「収益分配国家」で提案された「国家が収益を追求する」という発想は、国家機関を長期投資の担い手としてアレンジする工夫をすることで、増税なき財政再建につなげることができるのではないでしょうか?

にほんブログ村 日本経済 にほんブログ村 政治・社会問題 にほんブログ村 環境ブログ 風力発電・太陽光発電へ
にほんブログ村

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年10月 9日 (火)

韓国太陽光発電1kw28万円でシロアリ訪販サニックスが国内市場に殴りこみ

昨日の記事で純国内生産の良質の機器構成でも、遊休地利用のくい打ち工法の地上設置の太陽光発電システムを47kwで1900万円(税込み)=1kwあたり40万円程度で建設できるという話をしましたが、その絶妙なタイミングで太陽光発電1kw=28万円という新聞広告を見つけてずっこけてしまいました。
1kw28

太陽電池モジュールの価格比較でいうと、国内メーカーのパネルと中国・韓国メーカーのパネルでは、200wクラスのもので仕入れ値が2万5千円ほど違いますので、50kwのシステムを組みますと、総費用に占める仕入原価が600万円も違ってきます。
先日税込み1900万円といってた47kwのシステムも、新聞広告で訴求してある49.5kw税別1390万円という金額なら、利益を倍増させても楽に実現できるという計算になります。

純国内生産にこだわる日本メーカーに肩入れしてきた自分ですが、これほどの価格差を示されると正直いってアフォくさくなります。

いくら安くても実発電量が伸びなかったり、耐久性が低かったりして、かえって発電収益を稼げなければ意味がないわけですが、25年の出力保証がついて、10年の災害補償がついたら正直いってこころを動かされる人も多いのではないでしょうか?

太陽光発電先進国のドイツでは、安い中国メーカーに押されて、自国のメーカーが次々経営不振に追い込まれたということですが、日本メーカーの未来にも暗雲が漂ってるという感じがしてしまいますね。

後発の韓国メーカーのパネルは、サンテックなどの先発の中国メーカーより安いことが多いですが、その理由は、生産地は同じ中国で、開発コストがかかっているかどうかの差ではないでしょうか?
中国の先発メーカーが、ベースとなった日本企業・ドイツ企業をまるがかえで吸収して、技術開発コストを負っているのに対して、バラしコピーのいいとこ取りで、技術開発コストを大幅に節約できてる韓国メーカーがコスト面で優位に立っているということがいえると思います。(アップル社アイフォンの劣化コピーでぼろもうけしたサムスンのような横取りビジネスモデル)

サニックスってどんな会社?(クリックで拡大)

Photo

そもそも この広告を出しているサニックスという会社は、シロアリ駆除の訪問販売で太陽電池の設置実績10,000件を謳っていますが、その実績の大半は、おもちゃみたいな太陽電池駆動の床下換気扇の50cm角程度の太陽電池を屋根の軒先につけてたレベルですから笑っちゃいます。(よくネットで太陽電池設置実績何万件とかありますが、実態は40w程度のおもちゃみたいな太陽電池付太陽熱温水器の設置実績だったりします)

韓国のヒュンダイとかLS産電の太陽電池をわざわざ選択するあたりが、意味深な会社ですが、宗という代表取締役の名前からしてもともと韓国系の会社なんでしょう。

ソフトバンクの孫さんのように、韓国メーカーの太陽電池で太陽光発電事業をはじめて、機械トラブルで自爆してくれるのはかまいませんが、このサニックスの宗さんみたいに、日本の情報弱者の土地持ちを食い物にして、横取り商法の韓国メーカーの劣悪機器が日本にはびこるのはいかがなものかと思います。

いいとこ取りのコピー品というのは、コスト高の要員である開発技術コストをかけていないことで圧倒的に安上がりにできるというのが利点ですが、長期間の使用で生じる想定外の不都合などの対処は不十分なものが多いです。

太陽光発電事業を考える人には、目先の利益でなく長期的視野にたって導入判断をしてもらいたいものだと思います。

にほんブログ村 日本経済 にほんブログ村 政治・社会問題 にほんブログ村 環境ブログ 風力発電・太陽光発電へ
にほんブログ村

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2012年10月 8日 (月)

脱原発と被災地支援を同時に実現=太陽光発電草の根ファンド導入予測

先週福島をずっと見ているTVという番組で、毎週金曜日の官邸前の反原発デモを福島の人たちはどう感じているか・・・というテーマを扱っていました。
Tv
http://www.nhk.or.jp/ss-real/fukushimatv/

「原発が安全とは思えない」・・・「見切り発車の原発再稼動は納得できない」と、ほとんどの福島県民が脱原発~再生エネルギーへの転換を求め、反原発デモを応援する一方で、同時に「反対運動の為だけに福島がいいように利用されている」感じを受けていたり、「福島の汚染が過大にあおられ、福島に住み続けることを否定されてるようでつらい」と感じていたり、というように、必ずしも肯定的でもないという事実をストレートに伝えていました。

昨年LIVE福島をプロデュースした箭内さんなんか、自虐気味に「こんな番組を放送すると、反原発運動をつぶすために加担していると非難されるかもしれない」とエクスキューズしながらも、「福島の本当の姿をみんなに知って共有してもらいたい」とあえてこのテーマを取り上げた意図を語っていましたが、「確かにそうだろうな」と共感できる点が少なからずありました。

かっての学生運動の活動家とか、松下政経塾出身者に代表される政治エリートなんかに言いたくなる、「民衆のための革命運動とかいってるけど、あんたらがやってることは、本当のところは自分たちが自己陶酔するステージが欲しいだけの、革命ごっこ、政治改革ごっこなんじゃないの!」という突込みが「どストライク」なように、官邸前の反原発デモを見ても、「原発いらない!」とお祭り騒ぎしてストレス発散してるだけにしか見えないという人がいてもある意味当然じゃないかと思います。

「疑問に感じたら、なにもやらないよりも、ひとりひとりが声をあげることに意味がある」
そのこと自体はそのとおりだと思いますし、支持されるべき動きだと思うのですが、より生活現場・生産現場という地に足を着いたところで、ささやかでも具体的な一歩一歩の積み重ねとなる動きをはじめるべき段階に来たのかもしれないと考えさせられたいい番組だったと思います。

☆脱原発エネルギーシフトの一里塚・・・市民運動の人たちも、地域政党の人たちも、現実的な課題として太陽光発電の草の根ファンド創設を真剣に考えてみたらどうでしょう☆

さて、ここからが本題ですが、毎週1万人くらいのひとが官邸前に集まるようですが、その人たちの貯金で太陽光発電の草の根ファンドを創ったらどんな感じになるのか考えてみました。

一人あたり50万円としたら50億円程度(お金に余裕がありそうな団塊世代の人もそこそこの数参加していますので一人あたり500万円として500億くらいになるのかもしれませんがw)ですが、現在そのお金は、たいした金利もつかないまま、メガバンクの事なかれ経営のために、本来の必要とされている産業投資には向かわず、国債購入を通じて官僚の無駄使いの元になっていたり、回りまわってユダ金のマネーゲームのタネ銭になっているだけというのが現状です。

実は、そうしたお金を集めて、太陽光発電事業を行う脱原発被災者支援の草の根ファンドとして運用すると、一人一人が持ち寄ったお金を10年預かって利子をつけてまるまる返したとしても、同額以上の被災者支援の財源を生むことができます。

それと同時に再生可能エネルギーによる発電インフラを整備することができ着実に脱原発にむけた一歩一歩をものにすることができます。

200坪の土地で設置できる出力50kw未満の規模の野建ての太陽光発電を基本単位として考えてみましょう。

参考プラン(クリックすると拡大)

200坪の土地に影を避けて20度の傾斜架台をすると、低圧連系上限50kwの範囲の約47kwのシステムが設置できます。

Photo_2

通常の屋根設置と違い、くい打ち基礎の工事が必要ですし、架台も特殊になりますのでその分設備費用・工事費用がかかりますが、システム構成を工夫しつつ、関連業者が薄利で協力すれば、製品信頼度が高い純国内生産のシステムでも1kwあたり40万円程度(一番安い韓国メーカーのものだと1kwあたり28万円)で太陽光発電設備を設置することができます。

太陽光発電導入効果予測(クリックで拡大)

Photo

 

ちなみに長期の実発電量が高く、耐久性が優れた、生涯発電量が高い国内メーカーのシリコン結晶タイプ太陽光発電システムですと、年間発電収益約240万円、20年間トータルで約4,800万円の発電収益を得られますので、設備設置費用が約1,900万円だったとしたら、元本を差し引きして、約2,900万円の粗利益が得られます。

草の根太陽光発電ファンドの規模が50億円の場合ですと、基礎単位の200坪タイプシステム出力47kw1900万円の設備の263倍で考えればいいわけですが・・・・、

発電出力合計=12MW 、年間発電電力量=15Gwh、年間発電収益=約6億3千万円、

20年間トータルで約126億円の発電収益を得られますので、元本50億円を返済しても、差し引き76億円の資金が残る計算になります。

運営経費を差し引いても、何十億円単位のまとまった資金を被災地復興に支給することができますし、福島原発5号機1基分の60分の一の出力の電力を、輸入コストがかからない再生エネルギーで確実に供給できるようになります。

普通に銀行に貯金していても、ろくな金利もつかないまま、ユダ金欲豚のマネーゲームのえさになるだけのお金が、預け先を「被災地支援の脱原発太陽光発電草の根ファンド」にかえるだけで、こんなにも大きな、活きた働きを生むお金になるわけです。

各地域で市民運動を呼びかけている人は、ぜひ草の根ファンドというものを積極的に考えてみたらどうでしょうか?

薄利販売に耐えられる「上から下まで皆低賃金の当社」も、低コストでの太陽光発電設備の普及に積極的に貢献いたします(爆)

にほんブログ村 日本経済 にほんブログ村 政治・社会問題 にほんブログ村 環境ブログ 風力発電・太陽光発電へ
にほんブログ村

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2012年10月 1日 (月)

「票割れ」で小選挙区の既成政党候補当選を助けるだけの「維新」☆もう見切りをつける時

少し前までは、総選挙で100議席とれそうといわれてた「維新の会」ですが、実態が明らかになるにつれ支持率が激減していまして、最終的な獲得議席は比例では20議席以下、頼みの「大阪民国」周辺で小選挙区の議席をうまく取ったとしてもあわせて50議席いくかどうかという状況のようです。

300以上の候補を擁立するそうですから、最低でも40億円のお金がかかるわけですが、すべて候補者自前ということですから、泡と消えても惜しくないわけです。大阪維新の会の幹部連中にしてみたら、元手をかけずに当選した議席分の何億円かの政党助成金は確実にGETできるようになるわけで、損得勘定からいくと、できるだけ立候補させたほうが「お得」ということなんでしょう。

固定給ゼロの歩合セールスのピンはねを収益源としている訪問販売会社の経営者なんかは、市場規模から共食いが予想できるのに、できるかぎりセールスを増やしつづけようとするところが多いようです。過剰人員のリスクを背負い収入減少の割りを食うのは個々のセールスだけで、経営者の収入は販売機会が増え全体の売り上げが増えれば確実に増えるわけですから、当然といえば当然なのかもしれません。きちんと決まった給料を払う会社ならば、売り上げ効率が落ちても人を増やし続けるような自殺行為はできませんからね。

維新の会の幹部連中も、自分はリスクをとらないで、人のふんどしで相撲をとりながら、経営者然としているわけですが、リスクを社員に負わせるだけのピンはねクズのくせに、経営者面している訪問販売会社の経営者と同じかぐわしい匂いを感じてしまいます。

同じ「脱霞ヶ関・行政改革」を掲げる河村名古屋市長を「政策の不一致」を理由に排除しておいて、「政策の一致」があると思えない「公明」とは「選挙協力」するあたりさすがだと思います。
おそらく名古屋の河村市長を排除するのは、参院愛知選挙区で失った公明議席の復活の邪魔になるという「あほみたいな理由」が本当のことでしょうが、そんなクズ野郎に「この国の形を変える」とか大言壮語を吐かれたくないですね。

「霞ヶ関支配の国の形を変える」というキャッチコピーはよかったものの、「道州制導入による統治機構の解体的改革」「消費税の地方化による地方財源確保」という上滑りの政策に終始して、生活現場・生産現場など現場の問題意識に立脚した具体的な政策実現の道筋も示せていないのは、そもそも「国民の生活」よりも「自分が一番になる政治ゲーム」で頭がいっぱいということなんでしょう。

「革命を起こせばすべてが解決する」とあおったレーニン・スターリンのロシア共産党と同じで、大阪維新の会のVIP幹部の邪魔になりそうな人物は、「政策の不一致」=「反革命」というレッテルを貼って「排除」=「粛清」する排他的な気質は、アメリカの本家ネオコンと同じで、思考回路は彼らが毛嫌いする左翼と同じです。現場感覚・生活感覚を喪失した観念右翼=ネオコンというのはいわゆる観念左翼の反転コピーそのものですね。

「自分たちが権力を握れば抜本的な改革が実現できる」「まず革命を実現することが必要」という根拠がない思い込みで、権力奪取のゲームにご執心で、生活現場で積み重ねていくしかない問題解決には無関心でいられる「維新ごっこ」の連中に、現場に即した草の根の声を形にできる=政治を生きたものにできるからこそ意味がある「地方分権」を語ってもらいたくないと思います。

そんな大阪維新を排除された名古屋の河村市長ですが、生活現場・生産現場に根ざした積み重ねのうえに、形骸化した行政の「カイゼン」を模索し、一人一人が活力を持って共生できる「本来の日本」につながる地に足が着いた動きをしてると評価できます。

「減税一本やり」のイメージが強い河村市長ですが、「名古屋のためになる」という一致点があれば、党派をこえていっしょに新しい取り組みを模索して、素直に実行を重ねてきたといえるんじゃないでしょうか。

「電通」によらない地元広告代理店による「武将隊プロジェクト」とか名古屋城内に昔の城下町を復活させる「金シャチ横丁プロジェクト」とか、既存認可規格に縛られない画期的な施設基準の「家庭保育所」「賃貸スペース保育所」での「待機児童ゼロ」作戦とか、地域密着の創意工夫をしっかり積み重ね、地域の活力向上を着実にフォローしていると実感できます。

こうした名古屋市長のボトムアップの手法そのものが、大阪維新の会のトップダウンを旨とする政治方針にあわないということなんでしょうが、それじゃあ道州制で国を割ったとしても、現場から遊離した小さい霞ヶ関を各地にいくつか作る無意味なことにしかならないのじゃないかとつっこみを入れたくなります。

参考記事1 家庭保育所支援による待機児童ゼロ推進のニュース

Photo

昨日の中日新聞によれば、名古屋市が直接市民から行政企画を集めて実現しようという取り組みもはじめるようで、民間活力を生かし、自立し共生する活力ある地域づくりをしようというしっかりしたベクトルができていると思います。

参考記事2 行政企画の市民公募のニュース

Photo_3

以前長野県知事だった田中さんが、限られた予算の中でも現場で無駄を省く工夫すれば必要な数の施設をつくることは可能なのに、補助金をもらおうと思うと無駄にコストがかかる中央官庁の規格に従わざるえないので最低限の要望にもこたえることができない馬鹿な仕組みになっているという話をされていました。

今回の名古屋市の試みも、賃貸物件を活用して保育所新設の費用を節約することで、待機児童ゼロを実現できるだけの保育所の数を確保しようという画期的なものだと思いますが、国の補助がでないものなのかもしれません。しかし、本気で現場に根ざした行政改革をしようと思うのなら、その一歩はそうした国の補助金によるしばりをなくすことからはじめるべきではないかと思います。地域の現場に立ってさまざまな問題解決に取り組むと、形骸化した「霞ヶ関」の「しばり」がさまざまな障害の元になっていることがはっきりしてくるでしょうし、改革すべきターゲットも道筋も明確になってくるはずです。

1年半経過してもなお復旧の展望も開けない3・11被災地の現場と向き合うと、次から次へと現場感覚が欠落した「霞ヶ関」の問題点が浮かび上がってきてくるようです。真剣に現場の声と向き合った中でこそ、改革すべき根っこが見えてくるはずですし、その積み重ねこそが「地方分権」だと思います。

被災地には、先の展望も見えず、死と隣り合わせのがけっぷちに立たされている人があんなにたくさんいるのに、その支援のために集められたはずの19兆円のうちの6兆円は余ったまま、使われた12兆円の中でも2兆円も被災地と無関係なところで使われているというとんでもない不条理がまかりとおっています。

そんな日々再生産されている不条理の現実に目を向けず「道州制で国の形をかえる」というような茶飲み話につきあってるほどの余裕はありません。

真に求められる改革とは現場の障害となっている「霞ヶ関」の病巣ひとつひとつを切除していく粘り強い積み重ねによってはじめて形作られるものだと思います。

ですから、道州制になったら統治機構がかわるからあらゆる問題点が手品のように解消するというようなものではないはずです。

参考記事3 被災地復興の19兆円はどこへ

19nhk

日々形骸化し、「ばかげた体面」を再生産し続ける「霞ヶ関」なる「障害」をなくすために何をなすべきか・・・現実に向き合う・・・痛みを共有する・・・問題を解決する・・生活現場・生産現場に根ざした「カイゼン」を積み重ねるしかないわけです。

「郵政民営化をすればすべてがばら色」と同じように「道州制ですべてがばら色」というインチキセールスみたいな「維新の会」にさっさと見切りをつけて、第四極となるべき「草の根」結集で「共生日本」を掲げて日々カイゼンに励む、本当の改革勢力の登場に期待したいと思います。

にほんブログ村 日本経済 にほんブログ村 政治・社会問題 にほんブログ村 環境ブログ 風力発電・太陽光発電へ
にほんブログ村

| | コメント (1) | トラックバック (0)

« 2012年9月 | トップページ | 2012年11月 »