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2013年8月26日 (月)

藤圭子さんのニュースを聞いて三上寛さんの「夢は夜ひらく」を思い出しました

宇多田ヒカルさんのお母さんでもある藤圭子さんが亡くなられて彼女の「夢は夜ひらく」がさかんにテレビで流れていましたが、この替え歌を歌っていた三上寛さんの「夢は夜ひらく」を思い出しました。

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八百屋の裏で泣いていた
子供を背負った泥棒よ
キャベツ一つ盗むのに涙はいらないぜ~

四畳半のアパートで
それでも毎日やるものは
ヌード写真に飛び散ったカルピス拭くことよ~

中学生のころラジオの深夜放送がはやっていまして、そこで何回か聞いただけだったと思いますが、メロデイーにマッチした強烈な歌詞が、いつまでも頭のすみにこびりついてた記憶が残っています。


藤圭子さんの「夢は夜ひらく」は名曲ですが、改めて聞くと三上寛さんの「夢は夜ひらく」も深いですね。

青森津軽小泊村出身の三上寛さんは、東北の貧しい農家出身であるかのようなイメージを与えますが、裕福なインテリ一家に生まれ育ったからこんな曲を歌える余裕があったという当時のDJの話は説得力がありましたね。
たしかに本当の貧しい家に生まれたんなら、普通に歌謡曲の歌手をめざしたんじゃないかと思います。

逆に本当に貧しい旅芸人の家に生まれた藤圭子さんは、どうだったんでしょうね。

つねに上昇志向の人だったということですが、結果が見える年齢になったことで、生きる意味がみえなくなってしまったということでしょうか?

「生きる意味」というのは理屈じゃなく、感じるものだと思いますので、人の死にあれこれ解説するのは無粋なことだと思いますが、老いという結果に絶望したことが理由だとしたら、藤圭子さんの選択はかなしいものだったと思います。

冥福をお祈り申し上げます。

藤圭子さんの夢は夜ひらく

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