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2013年10月14日 (月)

「金ころがし」を集めるアベノバブルに未来はない・・・美濃忠「栗蒸し羊羹」を食べながら、「茨城県岩間」の「栗の家」を思い出しました

先日、はじめて地元名古屋の和菓子の老舗企業である「美濃忠」さんの「栗蒸し羊羹」を頂きました。チェーン展開している店にありがちな合理的近代経営のマイナス面が、味に出ていなくておどろいたんですが、おそらく、かなりの原材料へのこだわりを貫いたものづくりをされているということなんでしょうね。

正直申し上げて「美濃忠」さんのプライスラインは、同じ名古屋の老舗企業の「両口屋」さんの絶妙な価格設定と比べると明らかに常識を逸脱していて、マーケティング的に厳しいだろうと肝心の商品を食べることなく失礼な先入観でとらえていた自分です。しかし、あの価格でチェーン展開を維持できるだけの売り上げを維持しているということは、裏返せば商品支持率がかなり高いということなんだとあらためて納得させられました。

チェーン展開していると、他のチェーン店の商品と似たり寄ったりだろうという先入観にとらわれがちですが、たとえばハンバーガーチェーンで「マック」と「モス」がものづくりの姿勢において雲泥の差があるように、同じ和菓子の老舗といわれる企業でも長い間に精神性で差が出てくるのは当然のことで、先入観で判断してしまっていた自分の未熟さを痛感させられたしだいです。

とはいえ、1本2000円以上の羊羹は自分にしてみたら、手がとどかないというのも正直なところで、かなりボリュームを減らしてもいいからもっとリーズナブルな価格にしていただければと言うのも正直なところです。

栗蒸し羊羹で思い出しましたが、わたしの「人生最高の栗蒸し羊羹」は、十数年前になりますが茨城県の岩間町というところにある「栗の家」というお店で頂いたものでした。

古民家風の豪邸の庭園の先にあるお店でいかにも高そうな場所だったんですが、そこの上品な奥様が趣味でなされているようなお店で、ほんとうに手ごろなプライスラインで感激しました。
栗の「自然のおいしさ」の真髄というものを実感させていただいて、「ほんもの」というものの存在を教えていただいた貴重な体験をいただいたと感謝しています。

※参考 岩間の[栗の家]の評価が、自分的に「どストライクだ」と感じたブログsobadesovaさんの記事

http://blog.livedoor.jp/dada_2/archives/51157200.html

拝借した画像
Photo


この「栗の家」さんのように、とことんおもてなしにこだわり、味にこだわりを貫くお店と出会うと、味に感激するだけでなく美意識に貫かれた生き方そのものに啓発され、すがすがしい感動を覚えます。

前回「士魂商才」をかかげる福島の会津にはそうした良店が多かったという話をしましたが、会津に限らず「心意気を感じさせる」店は日本全国に多くあるわけで、日本人のもって生まれた「おもてなし」のこころはたいしたもんだと日々感心する毎日です。

日本経済再生の鍵があるとしたら、日本特有の「情けは人のためならず」「自利利他」の精神を究めた商品サービスを徹底する中で生み出される製品の「ものづくり」だと思います。

けっして世界中の「金ころがし」を集めてアベノバブルをふくらませ、虚飾の繁栄を謳歌することではないはずです。

こうした「日本のこころ」を大切にしながら日々努力している企業に打撃を与える消費増税分を、目先の利益極大化を追求するような企業を後押しする法人税減税に振り分けることを進めようとしている自民党政権ですが、「日本のこころ」を置き去りにして、どこが保守なんだとがっかりさせられる今日この頃です。

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