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2014年12月23日 (火)

天皇陛下が教える政治家・役人が見失った大切なもの

渡来系反日ウヨに祭り上げられたアベ政権の動きに、天皇陛下がかなり危惧を持たれているんじゃないかという気がしています。

先日の総選挙で、皇族のかたが投票を呼び掛ける談話を発せられ、おやっと思ったんですが、本日の誕生日の談話でも、戦後日本の平和主義を捨てるようなことがあってはならないという強い御心がにじみ出る発言をされていまして、やっぱりという気がします。

自民党大勝利という選挙結果をもとに、アベ総理はアベ路線の信任を得たということを強調していまして、集団的自衛権、原発再稼働などを自信満々に強引に実行に移していきそうです。そんな流れの中で、国民とともにある天皇陛下の大御心がどこにあるか?それをしっかり感じ取って国の未来を見誤ることのないようにしたいものです。

国民が信じるべき道は、自己撞着のアベ総理が示す道ではなく、「人類愛」とともにある陛下が示された道であるべきだという気持ちをあらためて感じるしだいです。

本日12月23日に81歳の誕生日をお迎えになられた天皇陛下のお言葉より引用

「先の戦争では三百万を超す多くの人が亡くなりました。その人々の死を無にすることがないよう、常により良い日本をつくる努力を続けることが、残された私どもに課された義務であり、後に来る時代への責任であると思います。そして、これからの日本のつつがない発展を求めていくときに、日本が世界の中で安定した平和で健全な国として、近隣諸国はもとより、できるだけ多くの世界の国々とともに支えあって歩んでいけるよう切に願っています。」

 

天皇誕生日ということで、特集番組でいろんな場面での天皇皇后両陛下のお姿が報じられていました。

災害被災地でひとりひとりのこころに向き合いいたわりの言葉をかけられる天皇皇后両陛下のお姿は、いつも偽りのない愛にあふれていました。

Photo

天皇陛下御即位20年記念式典 EXILE 太陽の花 投稿者 rin2music

今上天皇即位20年奉祝曲 組曲”太陽の国”第三部”太陽の花” 歌詞 作詞秋元康

この道を歩きながら
名も知れぬ花に見とれ 立ち止まる私でありたい

このみちを歩きながら
移りゆく空の色を 見逃さぬ私でありたい

しあわせは 周りに溢れている
しあわせは 今いる場所で気づくもの

太陽は変わることなく輝いて
そよ風にほほえみながら
一人一人を
穏やかに 見守っている

このみちを振り返り
誰かの頬の涙を 想い出す私でありたい

悲しみも時にはめぐるけれど
悲しみもそのうち晴れる通り雨

太陽は変わることなく 輝いて
青い空 両手を広げ
そのぬくもりを
平等に与えている

光の花 ふりそそぐ
生まれた国 いつまでも忘れない

太陽は変わることなく 輝いて
そよ風にほほえみながら
一人一人を
穏やかに 見守っている

太陽は変わることなく 輝いて
美しい夕暮れの時
また日が昇る 幸せを教えてくれる

太陽は永遠に

本当に国民一人一人の心に寄り添える天皇皇后両陛下が日本の政治を担ったなら、ワーキングプアの悲しみ、シングルマザーの悲しみ、その子供たちの悲しみがそのままに放置されるようなことはないでしょうね。
そう思うと、日本の国家権力の中枢に居座っている永田町・霞が関の政治家・役人の勘違い野郎の存在にはげんなりしてしまいます。

10年前に別サイトで書いた記事ですが、天皇・皇室という存在をとおして、今の日本の多くの政治家・役人に欠落しているものが伝えられたらいいと思い、こちらで掲載してみましたんでご覧いただけたら幸いです。

以下過去記事引用

2004/12/30
「天皇制1=天皇制の意義」  日本人として生きる
“皇室とは、警察よりも、国民に守られる存在でなければならない。”

故高松宮殿下が常々語られていた言葉だそうだが、日本における皇室のありかたを如実に表現している。

古来より皇室は、外的強制力をもつ政府権力ではなく、道徳規範のように“人の道”を体現する権威として存在してきた。

どんなに強大な軍事力を持つ武将であっても、ひとたび朝敵=逆賊の汚名を着せられると、人心は離反し、たちまち苦境にたたされる。

鎌倉幕府創成期の“承久の乱”以外の争乱でこの法則があてはまってきた。
皇族側があっけなく敗北した“承久の乱”が、後鳥羽法皇の“私心”により起こされたことを考えると、皇室側が“人の道”を志向する限りにおいて、という条件が導き出せるのが面白い。
裏返せば、どんなに強力な武力をもった勇猛な武将であっても、“天の理”、“人の道”としての“みかど=天皇”を意識せざる得なかったといえる。

こうして日本の歴史において、少なくとも“形の上”では、“正義が勝つ”が遵守されてきた。その道徳規範構造を支えてきたのが天皇制であったといえる。
道徳的権威と政治権力の分離という意味で、平安時代より今日に到るまで、そうしたわが国独特の政治構造を支えてきた重要なファクターが天皇制だといえる。

ある意味で西洋のキリスト教のローマ法王と天皇はよって立つところが似ている。
しかし、ローマ法王がキリスト教宗教体系という閉鎖的イデオロギーに依拠するのに対し、天皇はその時々の時代の変化を受け入れ、その時代時代の“人の道のベクトル”を示すにとどめている。

つまり論理破綻しない柔軟性、開放性を保持し続けうる宇宙観に依拠しているといえる。
天皇制を国民統合の中核として2000年以上の長きにわたり継承させてきた知恵がそこにある。

西洋人には、そうした天皇の深遠さを理解しづらいかもしれない。
西洋各国の国王は、天皇と違い、絶対王政を実行する中央集権的な権力そのものとして存在していた。つまり権力構造が変化し、物理的な力を失えば、滅びさるものとして存在していた。

現存している西洋の王族の多くは、文化遺産として、”伝統芸能集団”として、存続が許されているだけの存在である。

そうした歴史をもつ西洋人が、天皇制認識を誤ったのは当然だろう。
日本がアメリカとの戦争に敗れ、占領された時、欧米人は驚愕の事実に直面する。

彼らの読みだと、絶対君主であり神格化された天皇が、敗戦により絶対的な権力を失えば、ただの人間になり、民衆から離反されるはずであった。
天皇を“神”と思わされていたからこそ殉教ともいえる苛烈な特攻攻撃ができただけで、“人間”だと知らされれば、逆に天皇は、“詐欺師”として指弾にさらされるはずだった。

ところが“人間天皇”としての全国行脚を迎えた日本人の反応は、ことごとく西洋人の予想を覆すものだった。全国で日本国民の心のこもった天皇陛下歓迎が、各地で繰り広げられることになる。

不思議でならない欧米メディアは天皇陛下歓迎に沸く民衆に問いかけたという。

“神ではなかった、ただの人間だったとわかって、何故こんなに熱烈な歓迎ができるのか”

日本の民衆は応える。

“何言うてはります。天皇はんは昔から人間でっしゃろ”

西洋人は“ジコチュ―”の“あんたが大将”人間が多い。“神”ならぬ“人間”に共感し、敬服し、その指し示す“真、善、美”のベクトルに、自らの“真、善、美”を重ね、自己犠牲すら厭わなかった日本人のようなメンタリティはとうてい理解できなかったのだろう。

日本人は、それぞれが“主体的な内なる神”をもつ。“天皇”とはその神々を束ねる“大いなる神”=“天の摂理”を体得するベクトルであり、選ばれた人間として、最先頭で“大いなる神”を希求する存在である。いいかえれば、すばらしい人格を持つひとりの“人間”として、人々を啓発しつづける使命を担うストイックな存在である。

皇室の方々が民衆を魅了する“慈愛”のオーラはそこに起因する。  

「天皇制2=君が代について」  日本人として生きる
僕の高校時代、卒業式での“君が代”斉唱拒否運動は、高偏差値の進学校のステータスであるかのように、各県のトップを争う進学校でこぞって行われていた。

“君が代斉唱”という声がかかると同時に、全生徒が後ろを向き、“ナンセンス!”の大合唱をした。

“俺たちは歌詞の意味を知ってるぞ!俺たちは奴隷じゃないぞ!”という自らの利口さを誇示するデモンストレーションだったのか、ただのお祭り騒ぎだったのか、人それぞれだったろう。

少なくとも、僕にとっては、“君が代”を歌うと、その他大勢の“バカ”高校と同類になるから嫌だ、というような、偏狭な自尊心、エリート意識と表裏一体だった気がする。

そんなことを云うと、“君が代”反対は、自由と平等の民主主義を守り、戦前の軍国主義を否定し、平和を守ろうという、純粋に正当な思想信条の自由に基づくものだ、と強弁する人もいるかもしれない。

しかし、僕自身は、天皇制の本質をよく理解しない、浅薄な短絡思考によるものだったと自らを断罪できる。
“君が代”斉唱拒否のお祭り騒ぎに興じていた、ガキの頃の偏狭さを、正直に、恥ずかしく、振り返ることができる。

君が代は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔の生すまで

直訳すれば、悠久の時を経て、天皇陛下の治世が固まり、“いのちの源”となる、という歌で、天皇陛下万歳!の歌といえるだろう。

しかし、逆に、天皇陛下万歳のどこがいけないですか?と問われて、まともに答えられる人などいるのだろうか?

前回のコラムでも書いたが、天皇とは、日本人の美しきこころのベクトルを指し示す求道者である。
求道者であり、伝道者でもある天皇家を敬い、その天皇家が希求される、慈愛にあふれ、徳に満ちた世を願う歌を否定する意義など、いったいどこにあるだろうか?

イスラム教徒なら“アッラーアクバル”、キリスト教徒なら“ハレルヤ”というような、仁徳と慈愛を讃える歌に、“軍国主義を復活させる”という、非人道的な権力賛歌であるかのようなこじつけの解釈をつけるほうが、はるかに非人道的だと思う。

※                      ※                     ※
“君が代”の“細石の、巌となりて、苔の生すまで”という一節を、未来に向けた現在進行形の表現としてとらえると、“君が代”に表された日本人の奥深い世界観が浮かび上がってくる。

“天皇陛下が示される、仁徳に充ち、慈愛があふれた世の中を創ろうとする営みは、千年、いや万年と引き継がれていくだろう。
悠久の時を経て、砂のような小石が、積みかさなり、ゆるぎない強固な岩盤となり、やがては命を育むようになるように、いつかそれが実を結ぶまで、、、、、。
そうゆう営みを代々引き継いでいくことが人の道だ。”

というように、行間にこめられたメッセージを読み取れないだろうか?

そうしてみると、“君が代”が、“お上にひれ伏す”現状追従の視点ではなく、“解脱者たらんとする陛下とともに、世代をつないで悠久の大義を実らせていこう”という主体的未来志向の視点にたっていることが、はっきり見えてくる。

さらに、“われら”でなくあえて“君”としているところに、天の摂理を軽んじ、思い上がった偏狭な個人主義を戒める“哲学”すら、内包させているような気がする。

ガキの頃には時代錯誤のように思えた“君が代”であった。
しかし、歌に託された本当の意味をとらえなおすと、悠久の時の流れを内包させた、未来をも照射できる深い意味あいを見出すことができる。

宇宙の摂理と共に、“我慾”を制して、“和”して生きようとする“本来の日本人”らしさを感じさせてくれる。

“君が代”はわが国の“国歌”だ。

“象徴天皇制”を採用するわが国にふさわしい、奥深い信念を、主体的に前向きに表現できる“国歌”だと、誇らしく思える今日この頃である。

「天皇制3=体感すべき極意」  日本人として生きる
僕は、ある程度の年齢になるまで、天皇制の意味が理解できなかった。
頭で考えるだけでは、把握できない、ある種“悟り”のような境地で体得できるもの、、、、
それが天皇制の意義かもしれない。

僕の場合、たまたま、天皇皇后両陛下の行幸に遭遇した経験が大きかった。
間近で、お二人の“慈愛のオーラ”に接する機会がなかったら、いまだにその奥深い意義を感じることができなかったかもしれない。

いうなれば天皇制とは、単なる政治制度の領域にとどまらない、宇宙観、宗教観という普遍的な人間哲学をも包括するものだといえる。世界で見たら、中華人民共和国によるチベット侵略まで、チベット民族で引き継がれてきたダライラマの治世とも重なる、普遍的価値を持つ奥深い制度のような気がする。

人間はある面で業深い生き物である。このため現実世界は、業と欲に支配された人間同士の熾烈な闘争の場としての側面を持つ。

性悪説に立つホッブスは、世界を“万人による万人の争いの場”と規定し、その争いを調停しうる強大な力を持った怪物=リバイアサンとして、絶対的権力による“法の支配”を説いた。今のアメリカのネオコンの志向する一国主義的な積極的暴力行使も、その思想的なベースは、ホッブス的な世界観といえる。

そうした世界観の対極にあるのが、性善説に基づく天皇制だと思うが、古より日本人は、現実世界で血みどろの権力闘争にまみれていても、片方で、人間の希望ともいえる“理想的精神”を手放さず、天皇制を維持し続けてきた。そうした理想と現実の相克を、政治権力体制と道徳権威体制=天皇制の並立として体現してきたといえる。

その意味で、天皇制は、現実の非情さに埋没しながらも、“善なる精神”を希求し続けた日本人の“こころの証”なのかもしれない。

そのような深い意味を持つ天皇制だからこそ、子供の頃の僕には、理解しがたいものだった。

子供の単純な理屈で考えると、“国民の統合の象徴”と教えられてもぜんぜん意味がわからない。自由と平等、人権を絶対視する、単純思考の価値観で天皇制をみてしまうと、どう考えても不合理なものだった。

“みんなが平等のはずなのに何故皇室だけが特別扱いなんだ?”とか“皇室の人は自由を奪われ、人権を蹂躙されているではないか?”とか、、、、物事を平面的に、機械的に捉える能力しかもてなかった左脳的バカには、とうてい天皇制の論理的整合性を把握することができなかった。

そんな理解に苦しんだ天皇制が、実際に両陛下にお会いするだけで理解できたのだから不思議だ。それはある種の宗教体験ともいえる。なんとも冒しがたい崇高な感覚に僕はつつまれた。

その気になれば簡単に害することもできるところを、無防備に通過される両陛下、、、、、、、
そのあふれる“慈愛のオーラ”のなかに、“世の中にこんなに善なる人間が存在しうるのか”という大きな衝撃を受けた。
仮に、僕が、両陛下を害しようするテロリストとしてその場にいたとしても、絶対何もできなかったろう。
たしかに、両陛下は、物理的には無防備だった。しかし、お二人が放つ“善なる精神”は、テロリストの殺意を溶解させ、慈愛の内に包み込む強力な力を発揮していた。

「剣の極意の最終章=戦う必然性を超克し、相和す」

両陛下が、体現されていたのは、まさに武人の最高段階の境地だった。

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