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2019年1月 1日 (火)

天皇陛下のこころを踏みにじる安倍政権=平成最後の年明けに陛下記者会見全文を読む

いよいよ平成最後の年が明けました。
 昨年の天皇誕生日の会見では、民を想う慈愛に満ちた平成の天皇の大御心に一人の日本人としてこころが揺さぶられましたが、その大御心を想うとき、ここ最近の安倍政権というのは、ことごとく陛下の心を踏みにじってきなあと改めて感じさせられました。
沖縄のくだりで、陛下が言葉を詰まらされた時、辺野古の海が無情にも土砂で埋め立てられていく様子をご覧になられた陛下はさぞ心を痛められたんだろうなと思い胸が痛みました。
震災の被災地でも、追い打ちをかけるように、民の暮らしが踏みにじられていってます。
福島の地で原発事故の後遺症で苦しむ人々の痛みを、真に受け止めてきたならば、見せかけの収束=損害賠償打ち切りなどありませんし、再生エネルギーをプールして安定供給につなげるインフラ整備を放棄して、安易に原発再稼働に走る在り方は考えられません。
水道民営化、漁業権開放、農業権開放、種子保護放棄、などなど、短期損益に執着した外国人株主の応援策といえる新自由主義的な改革と称する日本破壊をつぎつぎ繰り出すとても日本人とは思えない政府の所業はなんなんでしょうか?
そして、ただただピンハネ派遣業者の利益拡大のためじゃないかしかいえない、でたらめの外国人労働者拡大のための法改正を強引に成立させました。
そんな安倍とりまき政権の悪行の数々黙認せざる得ない陛下の心痛、これから起こるだろう日本国民の塗炭の苦しみを考える陛下の苦しみは計り知れないものだったと思います。
静かな陛下の語り口の行間ににじみ出る、日本国として守らなければいけないものがどんどん壊されていくことに対する憤怒の情を感じた人は少なからずいらっしゃったのではないでしょうか?
君が代は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔の蒸すまで
現在の我が国は、ことごとく陛下の大御心の踏みにじる安倍取り巻き政治が横行し、日本がどんどん強欲マフィアの食い物にされていく絶望的状況の中にあります。まさに君が望まれる愛に満ちた社会の実現ははるか彼方のかなわぬ夢です。
しかし、この絶望的な状況も、何十万年と千代に八千代に世代を重ね想いをつないでいく中で、がれきの山がいつか岩盤となり命をはぐくむようになるという君が代の歌詞のように、いつの日か希望に満ちた時代につながることを信じたいものです。
国歌「君が代」の「心」をあらためて思い起こし、敬天愛人共生協和の本来のあるべき日本の国を目指していきたいと思います。
平成の慈愛の君は去りぬれど 想いつながん 日の本の民
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以下 12月23日の天皇陛下記者会見 全文
この1年を振り返るとき、例年にもまして多かった災害のことは忘れられません。集中豪雨、地震、そして台風などによって多くの人の命が落とされ、また、それまでの生活の基盤を失いました。新聞やテレビを通して災害の様子を知り、また、後日いくつかの被災地を訪れて災害の状況を実際に見ましたが、自然の力は想像を絶するものでした。命を失った人々に追悼の意を表するとともに、被害を受けた人々が一日も早く元の生活を取り戻せるよう願っています。ちなみに、私が初めて被災地を訪問したのは昭和34(1959)年、昭和天皇の名代(みょうだい)として伊勢湾台風の被害を受けた地域を訪れたときのことでした。

 今年も暮れようとしており、来年春の私の譲位の日も近づいてきています。私は即位以来、日本国憲法の下で象徴と位置づけられた天皇の望ましいあり方を求めながら、その務めを行い、今日までを過ごしてきました。譲位の日を迎えるまで、引き続きそのあり方を求めながら、日々の務めを行っていきたいと思います。

第2次世界大戦後の国際社会は、東西の冷戦構造の下にありましたが、平成元(1989)年の秋にベルリンの壁が崩れ、冷戦は終焉を迎え、これからの国際社会は平和な時を迎えるのではないかと希望を持ちました。しかし、その後の世界の動きは必ずしも望んだ方向には進みませんでした。世界各地で民族紛争や、宗教による対立が発生し、またテロにより多くの犠牲者が生まれ、さらには多数の難民が苦難の日々を送っていることに心が痛みます。

 以上のような世界情勢の中で、日本は戦後の道のりを歩んできました。終戦を11歳で迎え、昭和27(1952)年、18歳の時に成年式、ついで立太子礼(りったいしれい)を挙げました。その年にサンフランシスコ平和条約が発効し、日本は国際社会への復帰を遂げ、次々とわが国に着任する各国大公使を迎えたことを覚えています。そしてその翌年、英国のエリザベス2世女王陛下の戴冠式に参列し、その前後、半年余りにわたり諸外国を訪問しました。

 それから65年の歳月が流れ、国民皆の努力によって、わが国は国際社会の中で一歩一歩と歩みを進め、昭和28年に奄美群島の復帰が、昭和43(1968)年に小笠原諸島の復帰が、そして、昭和47(1972)年に沖縄の復帰が成し遂げられました。

 沖縄は、先の大戦を含め、実に長い苦難の歴史をたどってきました。皇太子時代を含め、私は皇后とともに11回訪問を重ね、その歴史や文化を理解するよう努めてきました。沖縄の人々が耐え続けた犠牲に心を寄せていくとの私どもの思いは、これからも変わることがありません。

 そうした中で平成の時代に入り、戦後50年、60年、70年の節目の年を迎えました。先の大戦で多くの人命が失われ、また、わが国の戦後の平和と繁栄が、このような多くの犠牲と国民の弛みない努力によって築かれたものであることを忘れず、戦後生まれの人々にも、このことを正しく伝えていくことが大切であると思ってきました。平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵しています。

 そして、戦後60年にサイパン島を、戦後70年にパラオのペリリュー島を、さらにその翌年、フィリピンのカリラヤを慰霊のため訪問したことは、忘れられません。皇后と私の訪問を温かく受け入れてくれた各国に感謝します。

次に心に残るのは、災害のことです。平成3年の雲仙普賢岳の噴火、平成5年の北海道南西沖地震と奥尻島の津波被害に始まり、平成7年の阪神・淡路大震災、平成23年の東日本大震災など数多くの災害が起こり、多くの人命が失われ、数知れぬ人々が被害を受けたことに、言葉に尽くせぬ悲しみを覚えます。

 ただ、その中で人々の間にボランティア活動をはじめ、さまざまな助け合いの気持ちが育まれ、防災に対する意識と対応が高まってきたことには勇気づけられます。また、災害が発生したときに、規律正しく対応する人々の姿にはいつも心を打たれています。

 障害者をはじめ、困難を抱えている人に心を寄せていくことも私どもの大切な務めと思い、過ごしてきました。障害者のスポーツは、ヨーロッパでリハビリテーションのために始まったものでしたが、それを超えて、障害者自身がスポーツを楽しみ、さらにそれを見る人も楽しむスポーツになることを私どもは願ってきました。パラリンピックをはじめ、国内で毎年行われる全国障害者スポーツ大会を皆が楽しんでいることを感慨深く思います。

今年、わが国から海外への移住が始まって150年を迎えました。この間、多くの日本人は、赴いた地の人々の助けを受けながら、努力を重ね、その社会の一員として活躍するようになりました。こうした日系の人たちの努力を思いながら、各国を訪れた際にはできる限り会う機会を持ってきました。

 そして、近年多くの外国人がわが国で働くようになりました。私どもがフィリピンやベトナムを訪問した際も、将来日本で職業に就くことを目指してその準備に励んでいる人たちと会いました。日系の人たちが各国で助けを受けながら、それぞれの社会の一員として活躍していることに思いをいたしつつ、各国からわが国に来て仕事をする人々を社会の一員として、私ども皆が温かく迎えることができるよう願っています。

 また、外国からの訪問者も年々増えています。この訪問者が、わが国を自らの目で見て理解を深め、各国との親善友好関係が進むことを願っています。

明年4月に結婚60年を迎えます。結婚以来、皇后は常に私と歩みをともにし、私の考えを理解し、私の立場と務めを支えてきてくれました。また、昭和天皇をはじめ、私とつながる人々を大切にし、愛情深く3人の子どもを育てました。

 振り返れば、私は青年皇族として人生の旅を歩み始めてほどなく、現在の皇后と出会い、深い信頼の下、同伴を求め、爾来この伴侶とともにこれまでの旅を続けてきました。天皇としての旅を終えようとしている今、私はこれまで、象徴としての私の立場を受け入れ、私を支え続けてくれた多くの国民に衷心より感謝するとともに、自らも国民の1人であった皇后が私の人生の旅に加わり、60年という長い年月、皇室と国民の双方への献身を真心を持って果たしてきたことを心から労いたく思います。

 そして、来年春に私は譲位し、新しい時代が始まります。多くの関係者がこのための準備にあたってくれていることに感謝しています。新しい時代において、天皇となる皇太子とそれを支える秋篠宮は、ともに多くの経験を積み重ねてきており、皇室の伝統を引き継ぎながら、日々変わりゆく社会に応じつつ、道を歩んでいくことと思います。

今年も、あとわずかとなりました。国民の皆が良い年となるよう願っています。

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